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観光ガイドやHPを検索していると京都市内(特に旧来の市街)の飲食店などお店の住所の表記で
「○○通▲▲上ル、下ル、東入ル、西入ル」的な表記を見かけることがあると思います。
京都市外からこられる方にはなじみのない住所表記かと思いますが、
下図(クリックしていただくと拡大図になります)のとおり京都の町は「碁盤の目」に形成されていて、
住所の「○○通」までが建物が面している通を示し、「▲▲」の部分が交差する最寄の通りを示しています。
また、上ル、下ル、東入ル、西入ルの表記はそれぞれ「北へ行く」「南へ行く」「東へ行く」「西へ行く」という意味で
例えば「烏丸通四条下ル」という住所は「烏丸通」に面していて「四条通」から南の場所を指します。
通り名の歌の歌詞と通りの図と見比べて
歌詞にでてくる、地名を探してみてください。
<ご注意>
図は簡易なものですので、
実際の通りの形状とは異なります。 |
【 京の通り名の歌について 】
京都市内の道は、東西南北に碁盤目状になっています。
その通り名を覚えるための歌が「通り名の歌」です。
この歌は室町時代の後期に生れ、江戸時代に普及したと
いわれております。「東西の通り」と「南北の通り」の
2種類の通り名の歌があります。
【南北の通り名の歌(丸竹夷)】
まるたけえびすに、おしおいけ
あねさんろっかく、たこにしき
しあやぶったかまつまんごじょう
せったちゃらちゃらうおのたな
ろくじょうひっちょうとおりすぎ
はっちょうこえればとうじみち
くじょうおおじでとどめさす
<補足>
「せったちゃらちゃらうおのたな」の歌詞は
図にはありませんが、五条通から六条通の間にある
「雪駄屋町通(現.楊梅通)」「鍵屋町通」「魚棚通」を
示します。
また、五条通から七条通の間で図にある「花屋町通」と
「上数珠屋町通」「下数珠屋町通」は歌には
読まれておりません。
南北の通り名の歌には、別のバージョンもあり、
塩小路通はそちらの歌では読まれております。
【東西の通り名の歌(寺御幸)】
てらごこふやとみ、やなぎさかたか
あいのひがしに、くるまからすま
りょうむろこしんかま、にしおがわ
あぶらさめほり、よしやいの
くろおおみやまつひぐらしに、ちえこういん
じょうふくせんぼん、はてはにしじん
<補足>
「七本松通」「御前通」「西大路通」は
歌には読まれておりません。 |
「1950年以前に伝統的木造軸組構法で建てられた木造家屋」とされる定義されていて、
主に京都の職住一体型の住居形式。建築様式としては町家造りと呼ばれます。
近年、住人の高齢化や防火性や耐震性に劣るため建築基準法の基準を満たしづらい上に、
同様式での建て替えが困難であることなどから現存する京町家の数は年々減少しています。
ただ、古き建物を後世に継承する動きが活発に広がりつつあり、保全運動も進んでいます。
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【 京町家について 】
伝統的町並みに整備されている
祇園の「花見小路」をはじめ京都の町中を散策していると
ちらほら見かける京町家ですが、町家として特長のある
建物の造りについて少しご紹介します。
【虫籠窓(むしこまど)】
虫籠のような細かい縦格子の窓のことで、 中二階の家屋の二階の壁面に作られています。
【犬矢来(いぬやらい)】
道路に面した外壁に置かれるアーチ状の垣根。
竹製や木製等が多いが、最近は金属製も多く見られます。
【鍾馗(しょうき)さん】
屋根の上に見られる災厄祓いの守り神の瓦人形。
中国の故事に由来する、魔よけの神様なのだそうですが、
鐘馗さんの表情も形はそれぞれ家により異なっています。 |
日本で最初に創設された64校の番組小学校を起源とし、
明治期から戦中まで小学校運営・行政機能の一部を担う地域単位であった学区のことをいいます。
戦後、小学校の新設や統廃合が進み学区域も変わってきているため、元学区と呼ばれています。
ここでは京都全日空ホテルより歩いて散策できる範囲の学区を紹介します。
歩いて散策することにより、地域ごとの街並みの違いなどから京都の雰囲気をより深く味わえるかもしれません。
地図上の★印はコンシェルジュおすすめのスポットですので、軽い散歩気分で散策してみてはいかがですか。
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【 城巽(じょうそん)学区 】
北は二条通、南が三条通、東が新町通、西は堀川通に
囲まれた地域。世界文化遺産「二条城」から
辰巳の方角(東南)になることから名付けられました。
古くは関白藤原基経の大邸宅「堀河院(里内裏)」、
藤原良房の京三条院等公家邸宅があり、
醍醐天皇の皇子の高松殿、豊臣秀吉の城館、
江戸時代には大老土井利勝屋敷跡(現御池中学)や
福井藩邸跡などもありました。
【 コンシェルジュ おすすめのスポット 】
【御金(みかね)神社】
御金神社は金乃神、美濃の
南宮大社の祭神・金山彦命を
祀る神社として1883年に
認可された比較的新しく、
小さな神社ですが、
地元の方々はもとより、
全国から資産運用や
宝くじの当選まで「御金」に
まつわるご祈願にお参りされる方が絶えない
人気スポットです。絵馬に書かれた様々なストレートな
お願い事に、逆にほほえましくなります。<参拝自由>
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【 乾(いぬい)学区 】
北は三条通、南が四条通、東は堀川通、西が後院通に
囲まれた地域。旧下京区の戌・亥(北西)に
位置することに由来します。
平安京の篠坊では永昌坊の西方に位置した関係で、
室町時代・江戸時代に至って多くの寺院が建立され、
今でも多くの寺院を見ることができます。
【 コンシェルジュ おすすめのスポット 】
【中山神社】
794年に桓武天皇の勅命により
建立。スサノオノミコトを
主神とし、朝夕、内裏の
守護をする櫛石、豊石窓神の
二神を合祀するお社です。
江戸時代には「乳汁漏出」の
絵馬を掲げ、母乳・子育ての
神様として女性の信仰を集めて
いたようです。京都では有名な三条商店街にも近いので、
お散歩にお参りされてはいかがでしょうか。<参拝自由>
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【 教業(きょうぎょう)学区 】
北は押小路通、南が三条通、東は堀川通、西が神泉苑通に囲まれた地域。
歴史的には平安京の造営の時に
造られた皇居内の禁苑(神泉苑)や江戸時代の
官庁であった東西の町奉行所にも近く、本陣のかわりの
宿泊所で特殊な構造で有名な二条陣屋等の
史跡があります。
ちなみに教業学区の各通(黒門通、岩上通、猪熊通、
神泉苑通等)は豊臣秀吉が聚楽第の造営時に
できたものです。
【 コンシェルジュ おすすめのスポット 】
【神泉苑】
平安京の禁苑。
自然の景観を利用し、正殿、
左閣、右閣、東西の釣台
などがあり、寝殿造りの
先駆けでした。桓武天皇以来、
数々の天皇の遊宴が行われ、
中世には御霊会などを行う
霊場として栄え、
1182年源義経も見守る中での雨乞いの儀式で神殿に
舞う百人の白拍子の中に静御前がいた
最初の出会いの場と伝えられています。<参拝自由>
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【 本能(ほんのう)学区 】
北は三条通、南が四条通、東は西洞院通、西が堀川通に
囲まれた地域。本能寺は秀吉の洛中の改革によって
現在の寺町御池の位置に移された建物で、元々は
この地域にありました。跡地は大名達の邸宅が軒を連ね、
また、此のあたりの良質な地下水を活用し、
京染の生産地として発展してきました。
【 コンシェルジュ おすすめのスポット 】
【本能寺跡(石碑)】
織田信長が明智光秀に
討たれた本能寺は現在の場所
ではなく、ホテルから徒歩
15分弱の油小路蛸薬師辺りに
ありました。広大な寺域を
周囲に壁と土塁、その内部に
七堂伽藍や多くの子院を備える城郭構えになっており、信長が
宿にするにふさわしい大寺院でした。
2007年の遺構調査では本能寺の変の際に焼けた瓦が
見つかっています。
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【 梅屋(うめや)学区 】
北は丸太町通、南が二条通、東は室町通、西が堀川通に
囲まれた地域。関白秀吉が愛でた梅屋敷の跡地に
小学校が建てられたのが学区名の由来で平安時代の
貴族の大邸宅も多くあり、藤原摂関の邸宅であった
高陽院(かやのいん)があった由緒ある地域でもあります。
また、梅屋小学校の卒業生として、芸術家の
北大路魯山人がいることで知られています。
【 コンシェルジュ おすすめのスポット 】
【薬師院(こぬか薬師)】
ご本尊の薬師如来は秘仏と
なっており、叡山開祖の
伝教大師(最澄)が16歳の頃
一刀三礼(1回刻むたびに
3回拝む)の礼を尽くし彫ったと
伝えられる七尊体の一体。
お身の丈20pほどの念持仏で、
現在は叡山根本中堂と薬師院と
二体しかない貴重なお像です。例年10月8日のみ
お厨子が開帳されて拝観出来ます。
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【 龍池(たついけ)学区 】
北は二条通、南が三条通、東は烏丸通、西が新町通に
囲まれた地域。「龍池」の名は上京二十五番組小学校が
創設された両替町御池のあたりは、江戸後期以後
「御貸地」(おかしむ)であり、地名がなく明治3年に、
鎌倉時代に栄えた二条関白の邸「二条殿」にあった
「龍躍池」(たつやくいけ)にちなんで「龍池町」と
命名されたことに由来しています。
【 コンシェルジュ おすすめのスポット 】
【京都国際マンガミュージアム】
日本最大のマンガ総合博物館
として、2006年に京都市と
京都精華大学がオープンさせた
このミュージアムは、今では
来館者の15%が海外からの
訪問者となっており、京都の
新しい観光スポットとして
注目されています。館内では
企画展観覧のほか、一般公開されている5万冊を自由に
読むこともできます。
<開館時間:10時〜18時・水曜休館・入館料:500円>
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【 明倫(めいりん)学区 】
北は三条通、南が四条通、東は烏丸通、西が西洞院通に
囲まれた地域。平安時代から特に織物関係の業者が
多く、公家等との交流も早く商業、
経済の振興など早く文化が栄えた地域。
祇園会の山鉾の町として祇園祭の期間中を通して、
全国から観光客が訪れる地域でもあります。
【 コンシェルジュ おすすめのスポット 】
【大西清右衛門美術館】
約400年にわたり「茶の湯釜」の
伝統と技術を守り続けている
「千家十職」のひとつ、釜師・
大西家に伝わる茶の湯釜を
はじめとする茶道具類を公開・
展示している美術館です。
初代・浄林は古田織部や
織田有楽斎など武家茶人の釜も
手掛け、現在の当代まで実に十六代を数えます。
開館・企画展示は年2回(春・秋)に行われます。
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